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特別対談

左官業の未来は、自分たちで
頑張って創っていこう

今回の対談に登場いただくのは、“漆喰の巨匠”として知られる左官マイスター、兵庫県淡路島の植田親方こと植田俊彦様です。「左官を考える会」主宰として、若い左官職人を育てるために日本のみならず、海外にも出向かれる多忙な日々の合間をぬって、弊社がリニューアル工事に携らせていただいている福岡の「リストランテ フォンタナ」へおこしいただきました。

総合建築植田代表・「左官を考える会」主宰 植田俊彦様×弊社代表取締役 道下幸二

左官屋は儲けな、あかん
「左官を考える会」を発起

道下
親方は左官職人であり、兵庫県淡路島の工務店「総合建築植田」の親方でもあります。また「左官を考える会」主宰として、日本の伝統である左官技術を継承し、左官の社会的地位の向上を図るための勉強会を主催されるなど、後継者育成にも尽力されています。親方の技術や考え方に賛同する人が集まり、会員数はどんどん増えていっていますね。

植田様
現在、日本全国に約600人「左官を考える会」の会員がいるのですが、とにかく左官屋さんに儲けてもらわないとあかんから(笑)、左官に関する情報の発信や講習会など、いろいろな取り組みを行っています。左官講習会には、左官ほか建築設計関係者や材料関係の会社など、毎回100名以上が参加してくれていますよ。左官の技術を高めたいというアツい志の人が100人も集まる環境で講習を受けることはとてもいい刺激になるようで、参加いただいた方から好評をいただいています。

道下
弊社も会に参加し、勉強させていただいています。親方との出会いは会員になる前に、弊社がモールテックスという材料を取り扱うことになったのがきっかけでした。弊社にとって初めての材料だったため、福岡で開催される技能競技大会に来られていた親方を、壁の材料に精通されている方として知人に紹介いただいたのが最初でした。
「リストランテ フォンタナ」のリニューアルでは、弊社は左官工事とタイル工事に携わっているのですが、親方には「塗り版築」でお世話になっています。このお店はモダンなデザインを数多く設計されている福岡のデザイン事務所「タカスガクデザイン」の高須学さんがデザインを手掛けられていまして、施主様、そして設計士の高須さんの想いを実現するため、親方のお知恵と技をお借りしました。

植田様
地層のように異なった土が重なり出来た壁、その仕上げが版築です。数ヶ月前に道下さんから版築の技術を教えてほしいと連絡があり、「塗り版築」のサンプルをいくつか作ってみせたのです。

道下
当初、設計士の高須さんは工期もコストもかかる版築仕上げはしないとおっしゃっていたのですが、親方の「塗り版築」のサンプルをお見せしたところ、その美しさに感動され、「これでいきましょう!」と即決されました。親方に難しい技を教えていただいたことで、それが次の仕事につながっていったということです。高須さんは空間と素材との関係性を読み解き、シンプルな形態・意匠として空間に落とし込まれますので、壁素材にも非常にこだわりをお持ちです。10月のリニューアルオープン前からすでに地元で話題を集めている案件の施工に携われ、とても光栄に思います。

技術をもったまま死ぬよりも
新しいやり方で伝えていきたい

植田様
道下組さんは、左官職人としてこれからの時代に注目を集める仕事を多く受けておられる会社です。社内では、若い子を育てるシステムも整備されている。そういった未来がある会社と一緒に仕事できることは、とても意義がある。僕はこれから終わっていく職人なんで(笑)、技術をもったまま死ぬよりも、道下組さんと組んで、新しいことを新しいやりかたで次世代へと伝えていきたいと思っています。

道下
親方からは見習うことばかりで、まず親方ご自身が現場の第一線で仕事をされながら指導をされていることに感銘を受けました。いつでもご自身が先頭に立って鏝を持ち、壁を塗って見本を示されています。長年、守ってこられた技術を駆使して、難しい材料を、どうやって最高の状態で仕上げるか、いつなんどきも立ち止まられません。毎回、こね方も全然違い、学ぶところがたくさんあります。本物の左官の技術を若い子に伝えていくためには、親方のような経験豊富な方から指導を受け、あらゆることを吸収したいと思います。弊社に足りないものを全て補ってもらえるのが親方だと尊敬しています。

植田様
現場に入っているのは、建主さんと打ち合わせしているうちに新たなパターンが生み出されることがあるからね。よそにはない仕上げの方法を考えだす、それが左官の仕事のおもろい点でしょう。自分が現場で何かやって若い人たちに、“左官っておもろいなぁ”、そう思ってもらえたら嬉しいわね。

道下
親方のお人柄、考え方に学ぶことも多いですね。左官の世界は一人親方、つまり個人事業主も多いなか、みなが安定して暮らしていくために、どういう仕事をやっていけばいいのか、親方は親身になって考えてくださいます。「こうすれば皆、飯を食っていくことができるやろ。こうすれば、質のいい仕事ができるようになるやろ。だからやみくもに仕事の数をこなすのではなく、質を考えなあかん」と。左官職人としての生き方ですね。親方の生き方を受け継いで、後世に残していきたい。しっかり親方から学んで、今の若い人たちに同じように教育できるよう努めたいと思います。

植田様
昨日も職業訓練学校に通う若い子たちに、左官として生きることの、いいことも、わるいことも教えました。今、左官職人の数はだいたい7、8万人と言われていますが、これからさらに減っていく職業です。その現状に気が付いて、5年間辛抱して頑張れば、未来は開けるという話をしました。なぜか。職人がいないため、技を持つ人が重宝される時代が必ずやってくるからです。しかし、左官職人がまったくいなくなってしまえば、他の職業にとってかわられる可能性もある。日本には左官の手仕事の素晴らしさを知っているお施主さんが多いので、仕事がなくなることはないと思いますが、これからは工場で大量生産される外壁パネルや内装クロスと、左官に理解のある人が発注する特殊な壁に二極分化してくるはず。だから我々の仕事としては、特殊な仕事に集中してくるんです。道下組さんのように、特殊な技術が必要とされる、特殊な仕事をすればするほど、より大きな未来が待っているような気がします。
それに道下さんの会社は、若い子が多く、うまく育っている。そこをもっと頑張ってもらって、これからも人を増やしてもらいたいね。若い子が会社にいると、新たな若い子が入ってきやすいと思うから。ただし発注がたてこんでも、ブラック企業にならんように気をつけてもらわな(笑)。現場でアハハと笑い声がでるぐらいの楽しい職場ならば、今いる人は定着し、入社希望者ももっと増えてくると思う。やる気のある子は仕事もできる。会社として、本人のやる気をどこまで出させてあげられるか。また本人がどこまでやる気を持っているか。その両方が合致すれば、職人をどんどん増やしていけると思いますね。

道下
社員の募集は常に行っていますが現在、弊社の若いスタッフは、今働いている人の紹介で入ってきた子ばかりです。社員の友達がアルバイトとして現場に参加し、ベテラン職人が仕上げ左官をしているところを見て、感動したみたいで。すでに大手企業に就職が決まっていたにも関わらず、どうしても左官がやりたくなって、内定を辞退してうちに入社してきました。そういう子は左官をやりたくて来ているので、モチベーションがものすごく高く、吸収力が違う。2~3年で基本を覚えてしまう勢いなので、あとは技をのばし、表現を深めていくだろうなと期待しています。いかに左官に興味を持つ人、左官をしたい人を集めるか、が大事だといういい例になりそうです。

優越感と、地道な作業
大切なのは仕事の楽しさ

植田様
僕は左官の仕事に携わって、今ちょうど50年になります。それでも飽きない。新しい仕事ができることが楽しくて仕方がないんです。歴史ある建造物などで伝統の左官技術を守っていく仕事も大事ですが、時代の最先端の仕事ができる、店舗や新しい施設の仕事も挑戦していきたい。そんな空間に左官の仕事をどんどん取り入れてもらいたいと思っています。例えば、若い人でも新しい話題の店の仕事に関われば、あの店の壁は僕が塗ったんだよと自慢して優越感に浸れるでしょう。あの人気のカフェは私が塗ったんだよ!と誰かに伝えることで、もっと左官の世界が拡がっていく。左官の認知度はまだまだ低いので、そのあたりをアピールできれば、もっと人も集まると思いますね。

道下
最近、テレビ番組などで紹介されることも増え、左官がカッコいいものに見えてきている風潮があります。マスコミが見せる派手な部分だけを取り上げると、左官はカッコよく見えるかもしれませんが、基本的に左官の仕事は毎日の地道な作業の積み重ねです。だから左官業界のイメージだけを格好よく装っても、長くは続けられないと思います。それよりも地道な作業でも楽しめるような、職場での感動の場をつくることが大事です。先ほど、親方がおっしゃったような笑い声が絶えない現場づくり、地道なことでも結構、楽しめる仕事なんだと感じられる、働く環境をつくりあげたいと考えています。

植田様
職人の世界のなかで、左官の仕事が一番難しいんですね。どこが、難しいか。壁の厚みを機械ではなく手加減で、何ミリ単位で調整していく、その厚みの仕上げを均等に塗れる技術は左官にしかないからです。塗った壁の表情が左官の腕の見せ所。大工さんの作業や技術でも難しい技がいっぱいあるけれど、究極の世界へ達するまでが皆、大変なんです。入口を大きく開いてあげないと人が集まらない。好きなだけではできない仕事ということもきちんと教えていかなければあかんと思います。

今ある技術をどう活かし、
今ない技術をどう学ぶか

植田様
今から50年ほど前、僕がこの世界に入ったころは毎日毎日、コテを持って壁塗りをやらされた。今の時代、時間の流れは僕らがやった1ヶ月が1年ぐらいなんです。今の若い見習い職人は平均5年、勤めればいいと言われていますが、5年では無理、やはり10年はかかります。10年頑張れば、自分の思うようなものができる。左官の仕事を始めるとき、流行の先端にいる会社に行かないと、最新の技術を学ぶ仕事にあたらない。普通の左官屋さんに行っても今、注目されているような仕事にはなかなか当たらないというのが現実です。だから左官の仕事をしたい人はまず、自分がどんな左官職人になりたいのか、どんな仕事をしたいのか、将来の目的を決め、それにあった会社を選んで、入るのが近道だと思います。その点、道下組さんに弟子入りすれば、最先端技術に出会える機会が多いですね。

道下
会社としても、弊社ができる最先端の特殊技術に価値を見出してくれる店舗左官の仕事を中心にビジネス展開をしていこうと考えています。だから材料ひとつとっても、親方から教えていただいて、日本のものだけでなく、海外の最新材料も使いこなせるよう挑戦しています。今ある技術をどう活かし、今ない技術をどう学ぶか。勉強する場を求めて、少しでも前に進んでいきたいですね。

植田様
同感ですね。僕自身、今まで培ってきた技術プラス現代の左官の世界でやっていない新しい仕事、人が触れてないような仕事を探して、修得することを目指しています。昔の伝統はこわさないで、新しいやり方で新しい仕上げを作っていくことに未来があると考えるからです。

道下
私も常に未来のことを模索しています。父からこの左官業を引き継いだとき、会社に若い子が全く入ってこなかったんです。自分の代で会社も終わりだなと思っていました。それが一人入り、二人入り、今は若い子もどんどん増えてきた。この子たちの未来をつくっていく責任が私にはあります。この先、左官で食べていける仕事を自分たちでつくりだす、提案型の左官会社を確立する、そのためにはいろいろなことをもっと学ばなければなりません。建築のこと、内装のこと、他の業種のこと、そうすることで左官業の生き残る道が見えてくるはずです。自分たちで勉強しながら、左官業の未来を、自分たちで頑張って創っていくことが大事だと思います。