対談者プロフィール
高須 学/interior & product design TGD
インテリア・プロダクトデザイナー。 福岡と東京を拠点とし、主に商業環境にまつわる空間設計と家具プロダクトのデザイン・開発を行う。
道下幸二(以下:道下)
インテリア・プロダクトデザイナーである高須さんが手掛ける空間デザインはいつも新鮮で斬新。素材の特性を生かしたシンプルな形態・意匠は、見る人の心に深く感動を与えるものばかりで、常に注目を集めています。本日はぜひ、オリジナルで唯一無二のデザインセンスの磨き方や、新しい素材や技術に関する見識の深め方について伺いたいと思います。
高須様
例えば、商業施設をデザインする場合ならば、買い物をされたり、食事をされたり、その空間を利用されるお客様に何かしらの影響を与える場所であって欲しいと思っています。私が考えるデザイン方法論では空間づくりの大前提として、感動や驚きを持って帰ってほしいということがあります。
人が驚きを感じるのは極端に分けると2つあり、一つは今まで見たことがないものを感じた場合、もう一つは真逆で、忘れていたけれど、その空間を体験することで思い出が蘇って感動する場合。後者の方が機会としては多いのではないでしょうか。「気にしなければ分からなかったけれど、この素材ってこんな見え方をするのか」とか「こんな素材があるんだ!」という具合に、かつて、どこかで経験した記憶上のものを、今の現実で再び体験することで起こる感動です。
モノがあふれている今の時代では、クロス、左官材、タイルなど、何でもカタログから選べます。仕上がりや色をカタログで確認して、品番で注文して終了。そこにはおもしろさは何もないですよね。そんな方法を採用していると、福岡のとある場所で見たものと同じものを札幌の別の場所でも見ることができるということになってしまいます。私の考えでは、せっかくならば、その場所で、そこでしか味わえないコト、他では見られない驚きや感動を味わってほしいという気持ちがあり、それが新しいもの、オリジナルのものを作っていきたいということにつながっていると。料理でも同じことが言えますね。おいしいと評判のレストランでは、たとえ王道レシピがあるメニューであっても、シェフがその土地の旬の食材を使って、味付けも盛りつけもシェフ独自のセンスで、オリジナルメニューに仕上げ、お客さんは五感をフル活用して味わう。いいレストランは決して何かのコピー&ペーストではできてない。同じ材料でも作り手によって全く味が変わるということです。
道下
左官の仕事も同じですね。同じ材料を使用していても、塗り手によって壁の表情や雰囲気が変わります。私は職人たちには壁を塗る時は、その空間を使われるお客様のことを想像しながら、楽しい気持ちで仕事してほしいと常々言っています。人は色々な感情を持っていますが、マイナスの感情で仕事をすると、それがどうしても壁の表情に出てしまいます。そんな壁からはお客様も嫌な雰囲気を感じてしまうものです。今は特にそういう目に見えないことまでこだわることが求められている時代だと思います。同じ仕事をするにしても、気持ちの部分も大切にして、お客様に届けたいという想いをもって仕事をすれば、いいものができると考え、弊社一丸となって取組んでいます。色々な方とお会いして話を聞かせていただくことがメンタル部分の勉強になり、今は精神修行のように教えを請うて(笑)、仕事をさせていただいています。
高須様
職人さんが携わる限り、何より肝心なことは、職人さんにとって一番いい環境で仕事ができること。私たち設計者は図面を書いて、職人さんに指示する立場のように思われていますが、職人さんたちの働く環境をサポートし、ベストな状態をつくることこそ、本来の仕事であると思っています。私たちが行っている図面作成はあくまで机上の空論ですから、職人さんにとっていい環境をつくり、能力を発揮してもらうことの方が大事。オリジナリティのある、いいものになるかどうかは職人さんの腕にかかっています。
多くの職人さんに手伝ってもらっている私たちの現場では、出来る限り一から作るものを活用して空間を作ります。クロスなど、出来上がった既製品を貼ったり、取り付けたりして終わりではなく、一つひとつ手で作られたもので空間を構成して、まさしく手をかけて仕上げていく。そのためには絶対、職人さんが必要となります。
道下
モノづくりの場に職人を必要としていただけるのはありがたいことです。私たち職人の立場からすると、必要とされる職人になるためには、準備を万全にすることはもちろん、雑念を捨てて、仕事に集中し、よりいいものになるように気持ちを高めながら仕事をすること。それが良い仕事を生みだし、選ばれる条件になると思っています。その考えを弊社の職人全員に浸透させることはまだまだ課題として残っているものの、そうやって気持ちをこめて作ったものには職人自身も愛着がわきます。職人が自分たちのやった仕事に自信を持てる、愛着のあるものにすることが、私の目指すべき一つの着地点だと考えています。
道下
左官業界はこれまではなかなか若い人が定着するイメージがありませんでしたが、ここにきて若い人の就職希望者も増えてきました。弊社にも昨年、18歳の男子が入社しました。子供の頃に左官のお仕事体験会に参加して、「自分は将来、左官工になる」と思ったそうで、彼は「日々の仕事が楽しくて仕方がない」と言っています。若い人が左官の仕事を楽しいと思えることに少なからずも驚きを感じました。新しい発見というか、左官業界に新しい流れが起きているなと思いましたね。
彼のような将来の左官候補の種をまき、多くの人に左官という仕事の魅力を知ってほしいと、昨年は「建設職人甲子園」というイベントに参加し、塗り壁体験を通して、多くの子供たちとふれあいました。子供たちが「楽しい♪」と真剣に壁を塗る姿を見て、改めて自分たちの仕事が楽しいのか、と考えるきっかけとなりました。私は左官の仕事が楽しいと思っていますし、若い職人見習いも楽しいと言っています。左官の世界では弟子からスタートし、プロの職人として一人前になるまでの過程で、出来なかったことが少しずつ出来るようになり、「仕事が楽しい」と思えるようになります。しかしながら、実際の現場で「楽しい」と口に出して仕事をしている人はいません。皆、自己満足の世界なんです。口には出さないけれど、本当は心の中で楽しいと思って仕事をしているのだと思って現場を見ると現場もまた違って見えてくるし、私自身も楽しい気分になりますね。
高須様
実際、モノをつくるって楽しいことですよね。
道下
出来上がった時の達成感はもちろん、その過程で苦労した現場ほど、記憶に残っているものです。自分の手掛けた現場が評判の場所として人に感動を提供している様子を見ると、この仕事に関わることができて良かったという気持ちになれます。その気持ちを次に繋げていきながら、モノづくりができたら素晴らしいと思います。自分たちの仕事の意味や魅力を若い世代に伝えていきたい。それが私の仕事であると考えています。
高須様
今までの職人さんたちだったら、そこまではやっていなかったでしょうね。
道下
色々な方から仕事をご紹介いただいて、「おもしろそうだからやってみましょう」という流れで、関係性がどんどん広がってきています。皆で楽しいことを見つけてトライしていくというのは、閉塞的な世の中だからこそ求められていることではないかと。盛り上がって、賛同して、関わる人が増えていくという流れですね。
高須様
まさに時代的に流れが来ているのかもしれませんね。大量生産に魅力を感じなくなり、少量だけれど、手の込んだものが心の底で求められているのでしょうね。
道下
ありがたいことに、モノづくりへのアツい情熱を持った周りの方たちから、弊社も引っ張っていただいています。弊社の事業の核である店舗における左官工事も、そんな方との出会いから始まりました。弊社は、創業者である父の時代は戸建住宅の仕事を中心に展開していましたが、時代とともに住宅における左官工事が激減し、会社としてなりたたなくなってきました。私の代になって店舗工事にシフトしたいと考えていたときに新たな出会いがあって、その方から商業施設の図面の見方や現場でのノウハウを叩き込んでいただきました。仕事をしながらノウハウを蓄積させてもらうという恵まれた環境だったと思います。初めて店舗の仕事をお手伝いさせていただいた当初は洞窟をコンセプトにした店などユニークな現場が多くて、店舗工事、お店づくりの楽しさ、おもしろさにのめり込んでいきました。私が感じた楽しさを若い世代たちにも味わってもらいたい。自分がいいと思ったこと、成長できたと思えるもの、次世代に自信をもって伝え残していけるものを積極的に作っていきたいと思っています。
高須様
まさに今だからできること、というか、今でなければできないことだと思います。20年〜25年前、私たちが仕事を始めたときは、まだバブルの名残りがあり、店舗にも設計にもお金をかけていました。しかしその後、どんどんローコストの風が吹き荒れて、当然のように左官業にも予算がつかず、ペンキしか使えないような時代が続きました。ここ数年でやっとお金が使えるようになって、ようやく面白い仕事ができるようになってきました。
道下
壁塗りを必要とする店舗がどんどん減っていったときは焦りましたね。
高須様
コスト優先の時代が長かったですからね。インテリア業界ももうダメかなと言っていたこともありました(笑)。弊社でも面白いと思える仕事が増えだしたのはここ最近、5年ほど前からです。それまでは価格勝負、ローコストとの戦いでした。
道下
若い世代を育てるためにはコスト的な余裕がなければ、できません。だからこそ、今しかできないのかなと思います。
高須様
余裕がないとできないですし、それだけ予算のある仕事でなければ、楽しい仕事はできないですよね。
道下
景気が悪くなって仕事が減ると、会社を存続させるために、他社さんがやりたがらない仕事でも受けるようになります。先ほどお話したように壁塗りには職人の気持ちが反映されるため、仕事は楽しい気持ちでやらなければならないのですが、そもそも他の人がやりたがらない仕事ですから楽しい気持ちにはなれません。喜んでいるように見せかけて、仕事をすることになるんです。例えば、夜間作業もそのひとつ。他の皆さんは断りがちな仕事です。私が現場に出ていたときは、他社が断ったということを聞いて、あえて引き受けることもありました。のりこえられないことはない、できるところまではやってみようとがんばりました。私の睡眠時間を削ればできることなので(笑)。景気が悪くても良くても、常に弊社に仕事の依頼があるのは、他社さんが断るような仕事でも日頃から率先してやっているからこそ。だから調子がいいときに天狗になってはいけないということを社員たちに言い聞かせています。仕事を受け続けていくことで、仕事をこなすノウハウも培ってこられたと思います。
高須様
私がデザインし、道下組さんに全面的にお手伝いいただいていました福岡・天神のイタリア料理店「リストランテ フォンタナ」も2018年10月に無事にリニューアル工事が終わり、クライアントからはすごく喜んでいただいています。27周年を迎えた2018年6月に一時クローズし、大規模改装を経て完成した“新生フォンタナ”。道下組さんの左官職人さんの技が冴える版築壁(はんちくかべ)は地層をイメージしていて、過去、現在、そして未来へと積み重ねていく歴史への想いが込められています。版築壁がメインにした、とてもいい空間として完成しました。
今、販売されている建築とインテリアの専門雑誌「CONFORT(コンフォルト)」が版築特集を組んでいて、新しい版築に挑戦した全国の物件を掲載しています。特集を組むということは、版築に注目が集まっている証拠、皆、求めているものが一緒なんでしょうね。職人さんが昔から当たり前にやっていたことが現代につながって、逆に昔できなかったことが今の技術や材料だからできるという事例がこれからも出てくると思います。
道下
版築で壁を厚くして、素材感を表現できるのも、今の樹脂の素材力のおかげです。長い年月をかけて、みんなが知恵を出し合った結晶ですね。
高須様
そういった結晶がこれからも出てくればいいですね。版築以外の誇るべき技術も知ってもらう、いい機会だとも思います。昔あったけれど忘れ去られた技術や、今、使われていない技術を、視点や角度を変えて、新しい魅力を見いだしていく。例えば、10個使う素材のうちの1〜2個を、そんな材料に変えることで新しいものができる可能性は他にもたくさん潜んでいるはずです。新しい発見にどんどんチャレンジしていきたいですね。
道下
今、別の案件で、版築とモルタル造形とエイジングを組み合わせた薄塗りを、コストを抑えてできる仕上げがないかという依頼を受けています。まだ試作段階ですが、塗り比べをしながら試行錯誤し、クライアントさんのイメージに近づけたいと思っています。
高須様
道下さんと一緒に、何かを一から生み出していくことができたら面白いだろうなと思います。私たちが実現したいと思ったことをまず道下さんや職人さんに相談する、まさしく職人さんたちといっしょに新しいモノを作りだしていく環境ですね。それが理想的なモノづくりなのだろうと思います。「こういうものをつくりたいのだけれど、どうすればできるだろうか?」について、まず現場サイドでアイデアをだして、それを施工屋さんにお願いをするというようなルートが確立できればいいなと思いますね。壁の仕上げも、「こういう壁にしたい」という私が想像しているものを施工屋さんに依頼するのではなく、直接、現場をてがける道下さんたちに相談をして、これでいくというコンセンサスを先に作れるようになればいいと思いますね。数十年前の有名な巨匠たちは、塗り壁屋さん、ガラス屋さん、大工さんとお抱えのチームを持っていました。自分の抱えているチームで施工をしていた。それが本来のカタチなのかもしれませんね。
道下
現場に携わる異業種の人たちがそれぞれでアイデアを持ち寄り、いい化学反応を起こせればいいですね。工期の厳しいテナントや店舗の仕事では、異業種間のチームワークがあるなしで、まったく状況が異なります。現場のチームワークがよく、コミュニケーションが取れていると、普通ならば数日かかってしまう現場も1日でできてしまいます。現場管理者の人がすごいのは、各会社の職人さんたちを一つの現場の中で協力し合える環境にするところです。まさに目に見えない輪を現場で作っているのだと思います。モノをつくっていく中で、皆が助け合いをすると、たとえ失敗が起きたとしたとしても、最終的にはミスが無かった状態まで持っていける。だから異業種間の助け合いや、現場での良い空気は重要です。いいものを作りたいという思いが一丸となった人間関係のある現場ではいいものができる。人としての魅力のある現場監督が皆をまとめる役を先頭きって担ってくれると、現場での施工もスムーズに進みますね。
高須様
いい現場はライブ感にあふれていて、イキイキとしていて楽しいです。私が最初に就職したのは設計施工の会社で、20代の頃は自分で図面を書いて、現場に入って監督もするということを6年ぐらい続けました。昼間に図面を書いて、夜間に現場へ行くという生活が2週間ぐらい続くこともあり、身体的にはきつかったものの、色々な職人さんに教えてもらえる現場は面白くて、楽しかったですし、何より勉強になりました。
道下
現場が面白いというのは大切ですね。現場に行けば、あの人に会えるとか、次にあの作業が待っているとか、そういう思いが眠たいとか、きついというマイナスの感情よりも勝って、自然と体が動いてしまいますよね。そういう意味でも、弊社の仕事は周りの人に動かしてもらっているなと思います。もし私一人で仕事をしていたら、弱い自分が出て、逃げ出してしまっているかもしれませんから(笑)。
高須様
左官はもちろん、日本の伝統技術がどんどん世界へ広がっていけばいいですね。
植田直子(以下:植田)
今度、東京の日本左官業組合連合会の会長に、「女性の活躍の場」について提案に行きます。2020年東京オリンピックに左官のブースが出るのですが、そこで伝統の材料、技術で女性左官が壁を塗って世界にアピールしてはどうかという提案なんです。日本左官業組合連合会の会員である東京の左官会社の社長さんたちに、「女性のブースをつくりたいです」と進言したところ、皆さんに賛成いただきました。それならばトップに動いていただくのがいいのでは…ということで、福岡県左官業組合連合会の会長といっしょに左連の会長に実現をかけあいに東京へ行きます。
東京では左官会社に女性の職人さんが4〜5人在籍していて、職人の数としては増えてきています。しかし、彼女達には横のつながりやコミュニケーションをもつ機会がありません。せっかく日本左官業組合連合会という組織があるのですから、女性左官の存在を、名簿などで整備して、女性の左官の集まる機会や勉強会を設け、意見を言えるような組織を作っていただきたいと。女性ならではの視点や現場の対応等、女性だからできることも多く、世界からも注目を集めるのではないかと思います。その音頭を取れる人がいなかったため、「ならば、私が行く!」という流れになりました。
道下
国土交通省から女性活躍推進のセミナーのパネリストとして、色々な方面の業種・業態の会社に声がかかるのですが、ゼネコンさんの室長クラスの人が登壇されることが多いんですね。そこで東京の日本左官業組合連合会から、誰かふさわしい人はいないかと探されていたときに、福岡県左官業組合連合会の会長が弊社専務の植田を推薦してくださり、パネリストとしての参加が決まりました。そんなこともあり、提案もぜひ専務から…ということになりました。
植田
パネリストがゼネコンさんに集中すると、お話が全部似通ってしまうそうです、その点、左官はガテン系で女性の働き手が少ない職場というイメージがありますから、「よく出てきてくれましたね。あなたの話を聞きたかったんです」と歓迎され、発言する機会も多かったです。
高須様
植田さんの登場でパネルディスカッションも充実すると思いますよ。ゼネコンさんの管理職の方のみならず、やはりリアルな現場の声を聞くことはためになりますから。
植田
左官業は最も下の下請けとして現場に入ることが多く、会社規模も小さいため、女性の左官ですと特に孤立してしまうことも少なくないようです。まだ組織として完成されていないため、情報も届かず、現場では不都合なことも受け入れるしかありません。しかし今後はそこにスポットを当てて改善し、彼女たちが将来、お母さんになったとき、息子さんや娘さんたちに、左官がおもしろくてやりがいのある仕事であることを伝えていってもらいたいと思っています。そのためにもまずは意識の改革が必要です。例えば、衣食住で欠かすことのできない“住”の家の壁をお父さん、お母さんが「手作り」で塗ったという話を子供にできれば、家庭環境ももっと温かいものになるのではないかと思います。目に見えないものを大切にしていかなければ、全て心が通わない、無機質なものになってしまう。子供たちが「手作り」という中で、お父さんやお母さんの大変さを学んでいくことで、心に響くこともあるのではないかと考えています。左官はまさに体を使って「手作り」する仕事であることをお話させていただいています。
東京の左官の会社では、自分たちで材料を作ったり、先ほど高須さんのお話にあった「こういうものを作ってほしい」というリクエストに積極的にチャレンジされています。自ら情報を収集して防カビや殺菌の漆喰など、今の時代に合った新しい素材を生みだされています。ありがたいことに、その方々からもいつでも協力しますよというお話をいただいています。海外へ向けての拡販の話もあり、色々なメーカーさんも興味を示されていますが、その新しい素材を開発された左官会社の社長さんは、材料の配合や性能、商品が開発された背景をきちんと理解して、施工できるところにしか売らないと言われています。私もその意見に賛成です。単に商品を売ることだけに走ってしまうと商品の命がなくなってしまいますから、きちんと育てていくべきであると。左官屋にしかつくれない材料、左官屋がきちんと理解している材料として、お客様に提供することで、はじめて品質や性能もキープできます。左官業はただの下請けではなく、作り手としての責任を持つ職業であり、会社組織であることが、施工業界で残っていく条件ではないかと考えています。
高須様
モノではなく、モノづくりにかける思いやヒストリーも世界や次世代へと伝え、守り、発展させていかなければいけないということですね。
植田
弊社では現在、住み込みでがんばっている大学生がいます。理系の大学に通いながら、弊社で働いて学費を稼いでいます。勉強と仕事のかけもちというきびしい環境ながら、大学卒業後入社する予定です。彼は、大学で学んだ化学の知識を活かして、左官の材料をつくりたいと。新しい材料の開発や、左官業の将来の在り方に積極的である弊社の考え方や、会社でやっていることの楽しさに共感し、彼なりにもっと勉強したいと思って入社を希望しています。これからはこのような若い人たちが新しい左官業を作っていくのではないかと思います。入口は左官業なので当然、現場中心の仕事になりますが、携わるのは壁塗りの仕事だけではありません。左官業でやりたいことがある新しいタイプの人が弊社のメンバーとなることで、今後の化学変化に期待しています。
また、私は左官という職業がなくならないように、データに基づく左官の学問を作りたいと考えています。左官は農家の農閑期の副業から生まれました。そんな日本の歴史を逆行しながら、今と結びつける学問を作っていきたいと思い、宮崎大学の農学部の教授ともお話をしたことがあります。大学で左官学科を作れないかと提案したところ、「ぜひ、うちの大学で」と力強いお返事をいただきました。構造上や強度を研究するのは工学部、「土」を研究するのは農学部ですが、理系や文系、学部を分けることなく、左官学科としてすべてを学べることが理想です。今までの学問は、知識の細分化が始まり、科目が学科や学部へと分類されるようになりましたが、細分化してしまうと、逆に意味がなくなってしまうと思います。
高須様
今、まさに組織改編で、バラバラになっていたものが元に戻って統合されています。仕事においても単一の役割を担うという制約は崩れつつあります。多元的な学びによる、分野を超えたスキルと知識が、今の時代ではより顕著に必要とされるようになってきていると思いますね。
植田
特に新しい考え方や、新しい命を生みだすためには、何かに特化するだけではなく、俯瞰に全体を見ることも必要となります。それは人間も同じ。偏らずバランスをとることが必要です。そしてバランスを学ぶのは自然界に学ぶことが最適ではないかと思います。日本は季節や風土があり、自然界とのバランスを取りながら豊かな民族として繁栄してきました。それが現代では効率化を優先し、不要なものをすべて削ってしまったことで、心の満たされない無機質な人が増えてしまいました。その結果、不幸な事件や悲しい出来事が起きるようになったように思います。良き風土、風習を復活させるためにも自分自身の体と精神を鍛えていく土壌をつくることが必要です。年月をかけて、日本人の気質と日本の環境で育んできたことに左官の本質がある。それを学問として捉えられないかと考えています。
高須様
まさしく左官のアカデミックですね。
道下
若い世代が興味を持った方向へ世の中も変わっていきます。興味がやがて強い想いとなり、世の中を動かしていく。その力はかつての自分が持っていたものよりも強いように感じます。
高須様
そういう夢中になるものがなかなかないから、今の若い人たちとって逆に新しく感じるのかもしれないですね。
道下
これからはそういう「想い」の部分が売れるようになると思います。
植田
人のつながりはすごいと思いますね。首都圏に近づけば近づくほど、そういった輪が広がって、協力者が増えていき、より具体化していきます。だから今は本当に感謝しかないです。そして感謝に応えるためには、努力しかないと思っています。
道下
つながりやご縁を大切にして、個々の力では弱いものも、周辺の力と合わせて大きな波にしていきたいと思います。伝統の技術を継承し、かつ新しい工法も取り入れておられる高須さんとのご縁ももっともっと強固なものにしていきたい。そのためにも努力してまいりますので、今後ともよろしくお願いいたします。